ポピュラー音楽論を受講した多くの生徒が、配布されたレジュメや授業プリントを捨てずに残しているといった話をよく耳にする。そんな、記憶だけではなく、モノとして思い出せるきっかけを残してくれる安田昌弘教授。丁寧に作り込まれた授業には、どのような背景があるのだろうか。
聞き流されずに、残るものを
──安田さんはいつも授業の準備が万全ですが、何かこだわりがありますか?
「精華大に来る前に、雑誌の編集プロダクションをやっていて、スタートアップみたいな会社を作ってたときがあって、そこで雑誌を編集したりしてたのね。他にもいろいろマーケットの市場調査とかそういう仕事をやってて、雑誌というかフリペなんだけど、それの編集長だったので企画とかをページに落とし込む作業とかをデザイナーの人と一緒にやってることが多くて、そういう流れでわりと自然にレジュメを作ることになったというのがあるかなと思います。あとはなんか頭が悪いから、1回全部書き出して、納得してからスライド作ったりとかそういう流れになってるから、レジュメみたいに人に見せる形にしなくても、絶対にああいうメモを取っているので、そのメモをどうせならみんなに公開しちゃおうみたいな。そんな感じ」
──わたしが過去に受けてきた授業では、レジュメをあまり用意していない先生も多かったので、安田さんは細かく授業の進め方を決めているんだなと思っていました。
「そうですね。あとなんか小難しいことばっか考えるので、伝わんないと困るなと思って。『ノート取ってください』だとみんな聞き流したままにしちゃうと思うので、残るものを」
ポピュラー音楽論
──レジュメ作成など、授業準備の作業時間はどのくらいかかっているんですか?
「ポピュラー音楽論だと、去年始まった科目なので結構大変でしたね。『ちゃんと準備できるかわかりません』ってシラバスに書いたくらいなので」
──覚えていませんが、そんなこと書いてたんですね。
「『シラバスの授業計画通りに進まない可能性がすごく高いので、もっと安定した授業を受けたい人は今年じゃなくて来年履修してください』とシラバスに書いておいた。今年はそれに比べると楽。去年まとめたものがあるので、それを見直すっていう感じ。去年の最終回とかすごいぐだぐだだったの覚えてますか?」
「最終の15回目。コミュニティと音楽の話をして、ラップの話をしたのね。両方で90分くらいで終わると思ったら、コミュニティの話だけで60分ぐらいになって。60分のところでやめると、ちょっと短すぎるじゃん?だけどラップの話を始めると、あとたぶん少なくとも40分か50分ぐらいかかるから。やりながら『おれはどこで切ったらいいんだ?』って思いながらやってたんで。それは今年はたぶん解消しそう」
こだわりのQだし
──レジュメを用意しているときはどこで作業をしていますか?
「あらゆるところですね。研究室で時間あったらやるし、家に帰ってもやるし。結局なんか、その乗れるか乗れないかみたいなタイミングがあるので。めっちゃ『バー』って見えるときがあって、『わー』ってなるときがあるんですけど、そこに至るまでには結構あれめんどくさいなとかこれめんどくさいなとか。みんなそうだと思いますけど、やんなきゃいけないんだけど、最初の書き出しまでの時間がめっちゃ長くて。常にそのことは考えてるんだけど、よくあるよね。やり出すまですごい時間かかって、やり始めてもなんか乗れなくなっちゃうと、急に部屋の掃除とかしだしちゃう」
──音楽聴きながら、作業したりしますか?
「音楽聴きながらやるとね、音楽の方に完全に吸い込まれちゃうので聞かないようにしてます。ただ、『授業中に聞いてください』って聞いてもらうじゃないですか?あれのどこから聞いてもらうのが一番効果的か。話の流れの中で、イントロから聞いて面白い音楽もあるんですけど、サビの部分だけ聞いてもらったほうが話が早かったりするっていうのがあったりするんで、Qだしをすごいやりますね。keynote使いながら」
──音楽や映像を流し始めるところにポイントをつけるってことですか?
「そうそう。Bメロの終わりのあたりまでいって、そこから再生し始めるように調整したりとか。そういうのをすごい凝り出しちゃうんですよ。凝り出すと問題は、授業のときは盛り上がるのね、自分的にはね。思い通りの反応がみんなの顔とかにでてくると『よっしゃー』って思うんだけど、それから一年後にまた同じことするじゃないですか。でも一年後の自分は、一年前に自分がどれだけ凝ったかとか忘れちゃってるんで。なんでここで切ってここから先を再生したのかとか、そのときの思いが全然わからなくなって、これどうなってるんだろみたいになって元に戻しちゃって、授業中に『あ、やっぱりあそこから始めたらよかった』みたいになったりするのが結構ある」
──今年の授業でもありましたか?
「今年もそういうのありましたね。作り込みすぎちゃって、そのときはすごい面白いんだけど、使いまわそうとするとノリがわからなくなってる。一年前の自分のノリがわからない」
自分の好きなところ
──取り上げる作品はメジャーな代表作を選んでいるんですか?
「2000年くらいまではそうだよね。今も話題に残っているようなものでわりと選びやすいんだけど、選びにくいのはもっと最近のもの。最近のものって評価が安定してないから。ただ、最近のもののほうがウケは良いよね。言っちゃなんですけど、こういう授業で学生たちが話題にしているものを『しめしめ』ってメモ取って使ったりする」
──安田さんはいつも忙しそうだから、ずっと気になっていました。
「無駄な時間の使い方が多いんじゃないですか?作業の効率とかあんまりこう、考えているつもりなんだけど、気がつくと無駄なことに時間を費やしてることが多いかな。でも、そういう自分は好きです。効率とかどうでもいい」
気の向くままに作業を進めているのかと思いきや、授業への細かなこだわりを持っているところ。無駄な時間が多いと言いつつ、作業の効率を気にしない自分を愛せるところ。そんな安田さんの素直な一面が、「親やすさ」と「信頼」を得ている理由のひとつなのではないだろうか。(聞き手:植村美百合)