『活字版・一乗寺ミライ会議』

はじめに1

住んでいる人の数だけ、「一乗寺」があるのだな……。

この冊子のために取材や街歩きを重ねるなかで、わたしたちはそんなことを何度も感じました。

同じ一乗寺に暮らしていても、見ている景色や大切にしている場所、街との関わり方は人それぞれです。最近引っ越してきて、まだ近所付き合いも手探りな親子づれ。学生時代を一乗寺で過ごし、この街が好きすぎて社会人になってから戻ってきた人。ラーメンが好きで通っているうちに、気づけば住むようになった人もいれば、本が好きで近所の書店や出版社に就職した人もいるかもしれません。代々続く家業を引き継いで暮らしている人もいれば、逆に、その土地や家から一度は離れた人もいる。福祉や介護の仕事を通してこの街に関わるようになった人や、今も農業を続けている家もあります(実際、一乗寺にはまだ田んぼも畑もあります)。

こうした人たちから見えている「一乗寺」は、同じ場所でありながら、きっと少しずつ違っています。では、それぞれの一乗寺は、どこが同じで、どこが違うのでしょうか。

わたしたち「街と人と音楽と」ゼミでは去年、「一乗寺フェス」主宰でこのゼミの先生でもある谷田さんの助言で、地域の利害関係者を集めた「第二回・一乗寺ミライ会議」を行いました。今年も同様の場を企画していましたが、会場の都合などもあり、ゼミの取り組みの成果やそれについてわたしたちの思っていることを地域と共有する別のかたちとして、冊子をつくることになりました。

会議のようにその場での意見交換は出来ませんが、冊子は手元に残り、読む人が何度も見返して考えを巡らせるきっかけになります。そこでわたしたちは、一乗寺に住んでいる人、働いている人、関わっている人たちにインタビューを行い、一人ひとりの「一乗寺観」に耳を傾けてみることにしました。そしてそれぞれの一乗寺観の相違点と共通点を浮かび上がらせてみようと考えたのです。

こうした考察をしようと思った背景には、「地域は最初からそこにあるもの」ではなく、「関わる人たちがつくり続けなければ、立ち上がらず、持続もしないものなのではないか」という、わたしたちなりの問題意識があります。

インターネットの普及によって、わたしたちは遠くの人とも簡単につながれるようになりました。一方で、価値観や関心の近い人同士だけが集まり、社会が分断されていく感覚もあります。さらに、時間の流れが加速化していくなかで、場所の意味が薄れてしまい、地域活動の停滞や、気候変動により多発するようになった自然災害への準備不足といった問題が、確実に身近なものになっています。こうした状況のなかで、趣味や関心でつながる遠くの仲間だけでなく、同じ場所に暮らす人たちとの関係の大切さが、あらためて問われているのではないでしょうか。

では、立場や背景の違う人たちが、それぞれの殻に閉じこもるのではなく、ある程度風通しのよい状態で、お互いに「一乗寺っていい街ですよね」と言い合えるようになるには、なにが必要なのでしょうか。

わたしたちは、その一つの方法として、興味関心のある人たちのゆるい情報交換の場、つまり「コレクティフ」というかたちに可能性を感じました。「一乗寺フェス」のアンケートやこの冊子の取材から、一乗寺には、街をより良くしたいと思っている人や、面白いアイディアを持っている人がたくさんいるけれど、現状では、その思いやアイディアが、互いに出会う機会は決して多くないのではないか、ということが分かってきたからです。

この冊子は、一乗寺への思いを横につなげる試みの出発点であり、そこに至る途中経過でもあります。ここに収められた言葉や視点が、これからの一乗寺を考えるための小さな手がかりになればと思っています。

◉『活字版・一乗寺ミライ会議』編集部一同

配布場所

一乗寺界隈の主だった書店、飲食店、雑貨屋、京都精華大学生食堂などで無料配布予定

  1. 冊子本体の「はじめに」を再掲しています