一乗寺郷土芸能保存会

京都市指定無形民俗文化財登録と保存会の発足

戦後の急速な経済発展のなか、顧みられることもなくなった一乗寺鉄扇ですが、それからほぼ半世紀の月日を経て、1980年頃から洛北の郷土芸能に注目があつまるようになり、復活への機運が高まりました(ちょうど山口百恵の「いい日旅立ち」がヒットした頃です)。近隣の市原では、1985年、地元の愛好家たちの手によって鉄扇踊りが復活しました。このような流れのなか、一乗寺でも戦前の全盛期を知る住民たちの協力を受けながら鉄扇の復興が進みます。1986年6月2日、一乗寺鉄扇は京都市から指定無形民俗文化財に登録されました1。並行して一連の復興活動を束ねて一乗寺郷土芸能保存会が立ち上がり、翌1987年2月22日には、京都市文化観光資源保護財団の主宰する「京都市文化財保護条例制定5周年記念第17回郷土芸能のつどい」(京都会館第1ホール)に出演しました。

京都市文化観光資源保護財団主催の『第17回郷土芸能のつどい』(1987年2月22日)の様子〜30分11秒あたりから一乗寺鉄扇

保存会の目的

保存会は鉄扇踊と音頭の存続と発展のために、

  • 忘れられている音頭の曲目を復活する
  • 音頭の曲目の共通理解
  • 各曲目について伝承された謡い方の研修
  • 踊りの形態の伝統維持
  • 後継者の養成

などにつとめることを目的にしています。

会員数

1987年の「京都市文化財保護条例制定5周年記念第17回郷土芸能のつどい」には、音頭取りが7名、踊り手が27名登壇しており、欠席者等も含めると、保存会発足時の会員数は40名程度だったと考えられます。保存会結成から約20年後の2006年の名簿にはなんと96名の会員の名が記されています。この頃は会員から会費を徴収して保存会を運営していたとのことです。

現在(2025年度)の会員数は23名なので、その後の20年で発足時会員数の約半分、ピーク時の会員数のほぼ1/4くらいになってしまったことがわかります。

保存会の現在と入会方法

一乗寺の薬師堂にて隔週木曜日19時頃から音頭と踊りの練習会をしています。公共の場で一乗寺鉄扇が行われる主な日程は、7月下旬の西浦畑公園での一乗寺納涼祭、8月31日の八大神社での八朔祭です。9月下旬の一乗寺フェスでも音頭と踊りを披露していただいています。

25年度の保存会組織は、音頭取りの渡辺博さんが会長、音頭取りの岡本和男さんと踊り手の中川節子さんが副会長を務めます。練習会への参加や保存会への入会については、こちらのフィードバックフォームからお申し出ください。

  1. 「市原ハモハ踊り・鉄扇」も、同じ日に京都市指定無形民俗文化財に指定されています。