みなさん、盆踊りといえばどんな踊りを想像するでしょうか。
一乗寺鉄扇の踊りは複雑で、毎回微妙に(!?)拍の取り方が変わり、踊りの最後もピッタリ終わることや少し余韻があって終わることがありかなり独特な踊りだと思います。
今回は、鉄扇踊りを言葉で説明しながら鉄扇踊りの面白みや踊っている時に感じたことをまとめました。
資料に載っていた鉄扇踊り
一乗寺郷土芸能保存会の資料(『一乗寺鉄扇音頭の歴史と踊りについて』)の29ページから31ページに、以下のような記述があります。
基本は12呼間で3歩前進して1歩後退する。…[中略]…文字で表現するとわかりにくいが、皆について踊ると早く習得できる。
- 左膝を折り曲げて、踵を持ち上げ、手を一つ打つ
- 持ち上げていた左足を進行方向に一歩進める。手は左手は上から、右手は下からリズムに合わせて、ゆっくり円を描くように回す
- 右手のつま先でトンと地面を打つ。手は連続してゆっくりまわっている
- 3の右足を一歩進行方向に進める。ては右手が上に、左手が下になっているだろう
- 右足を右方向にねじり、左足を右方向に向けて一歩進める。上体は自然右向きになる。手は連続して回っている
- 5のまま
- 右手のつま先でトンと地面を打つ
- 体を進行方向に向け、7でトンと地面をうった右足を、左の横に持ってくる
- 右足を小さな半円を描く気持ちで外に開く。手は両方とも右上から左の方に流すように出す。上体は手につられて左の方に傾く
- 9のまま
- 左足を一歩後に引く。手は自然のまま
- 右足を左足の横にもどして元の姿勢にかえる
実は上の資料の続きに、他の踊りの所作との関係を説明している部分があります。
この動作は「紅葉音頭」や「さし踊り」と同じ。「江州音頭」も似ているが、「鉄扇音頭」は拍手が一つなのに対し、「江州音頭」は拍手が二つになっている。また、「鉄扇音頭」は動作が小さく優弱な感じなのに対して、「江州音頭」は動作が大きく活発に感じられる点がある。(p. 31)
わたしたちも7月22日の上一乗寺納涼祭で、一乗寺鉄扇の振り付けで江州音頭を踊ってみましたが、楽しかったです。
実際に踊ってみる
一乗寺鉄扇の踊りの特徴としてまず大事なのは、上の資料にも書いてあるとおり、「踊りを見て学ぶ」ところだと思います。
われわれ学生にとって、初めての練習では、誰かに踊り方を教えてもらうのではなく、何も知らない状態から輪に入り、踊りを見て覚えるので先生はいません。完璧に踊る事ではなく、みんなで輪になって踊ることを大切にしている「寛容な踊り」といってもいいと思います。
また、鉄扇踊りは拍の取り方が他の盆踊りよりも独特で、初めはついていくことに精一杯になると思います。しかし、段々と踊っていくうちに、踊りが自分に馴染んんでいく感覚になっていき、ゾーンの状態に入ったりします。
踊っている時は、周りの踊り方がすこし違う踊りを見ながら、周りの空気を感じ取ることで「ヨイショ」や「どっこいしょ」といった合いの手のようなものがない鉄扇踊りでも一体感が生まれているような感覚になります。
踊っている時に考えていること
髙谷:踊りに慣れてくると、体が勝手に動くので、脳内に余白が生まれる感覚がします。原っぱに寝転んでボーっとするような、ハンモックに揺られて木漏れ日を眺めるような感覚の中、色々なことを考えたり、考えなかったりします。
主に考えていることは、大学の課題の確認であったり、音頭の内容であったり、踊り手さんの所作であったり、昨日の晩御飯のメニューであったり、自分の身体の動きであったり、いつもならすぐに流してしまう「ふっと湧き出た些細なモノ」をじっくりと眺める時間として活用しています。
森岡:輪が小さくなってきたな、あの人はこう言うふうに踊っているな、などその時に目に見えたことについて考えながら踊っている。何も考えなくていいから視野が広がり、いろんなことを考えられる。
廣田:踊り始めた時は頭の中は踊りの事でいっぱいになっているが、慣れてくると段々頭の中が無になっていき踊りの輪の中に身を任せることが心地よくなっていきます。そして、気がついたら踊りが終わっていたりすることもあります。たまに意識が戻り自分の中にある考え事を整理する時間にもなったりします。
安田:わたしはとにかく拍のカウントをしています。「ひぃさぁかぁたぁ の〜…」の「の〜」が踊りの入口で、ひとつ手を打ち左足を上げるのですが、これを基準に、再びそこに戻ってくるまでの踊りの一回りがどう配分されていて、音頭(歌詞)とどう同期しているのかを把握したいと思っているのですが、数年やって、これはそういう基準で組み立てられているのではないのかもしれないな、ということに気が付きつつある感じです。拍の間隔や数はやるたびに変わるし、一拍目の手は踊りの輪を見ながらみんなで塩梅して打つのがこの踊りの理(ことわり)なのでは、というのが現時点でのわたしの立場になるかな。踊るたびに毎回かたちが違うというのは、口伝えの文化の広いふところに包みこまれているような気がして、いつも楽しくてしょうがないです。
まとめ
一乗寺鉄扇の踊りは複雑で、この文章だけでその全てを伝えることは難しいと感じています。ぜひ、実際に練習会や一乗寺のイベントに参加して、自分の目でどんな踊りなのかを確認してみてください。一乗寺鉄扇を実際に踊ってもらえたときに、私たちの感じている感覚が少しでも伝わると嬉しいです。





