日常と鉄扇踊り

保存されて残っていくということと、実際に地元の人がちゃんと楽しんで自然と残っていくっていうこととはまた全然違うなと思ってて。
実際にちゃんと楽しまれていてこそ文化なのかなと

これからの鉄扇

◉鉄扇踊りの保存について思うことなどありますか?

今はいろんなところでお祭りがなくなっていってるじゃないですか。担い手がいなくなって盆踊りをする人もいなくなって。だけど最近は映像として残せるから、アーカイブとして保存できるから大丈夫っていう考え方もあると思うんですけど。でもやっぱり保存されて残っていくということと、実際に地元の人がちゃんと楽しんで自然と残っていくっていうこととはまた全然違うなと思ってて。アーカイブとして保存されているものを文化って呼ぶのかっていうと、ちょっとなんていうか、ね。実際にちゃんと楽しまれていてこそ文化なのかなと思います。

そういう意味では歌い手さん達が今、長いこと歌われていなかった曲を譜面を見ながら改めて練習して、実際に楽しめるものとして蘇らせようとしているのはすごいことですし、いいなって思います。

◉保存の方法は、私たちのゼミの中でも課題ですね。私たちはずっと内部ばかりに目を向けてきたんですけど、外部の人はどういう認識なんだろうとか思います。

外部だとどうなんでしょうね。ただ、私は個人的には無理やり引っ張ってこなくてもいいんじゃないかなとは思っていて、興味を持ってる人が楽しみながら自分ができる範囲ですればいいのかなと。

◉これから鉄扇踊りはどうなっていってほしいですか?

私もまだ入って間もないですし、今後こんな風に引き継いでいきたいとか広げていきたいとか、そこまでの強い思いがあってやってるわけじゃないですけど……。でもそれこそ児童館に教えに来て下さったり、一乗寺フェスなり、納涼祭なりがあって。特に納涼祭はもう地元の人が大集合くらいの勢いですごいいっぱい集まる。そういう場で年に2回踊っているということも、かなり大きいPRにはなってるんじゃないかなと思います。そういう場でこちらが楽しそうに踊っていたら、私のように「あ、楽しそうやからやってみたい」っていう人が数年に一人でも入ってきてくだされば、少しずつでも続いていくのかなとは思います。

もともと、布教活動の一環だったとはいえ、布教の本流じゃないサブカルチャーだったことを考えると、存在しよう! って身構えるよりか、まず楽しみたいなと思いますし、時代の流れに合わせてかたちを変えながら楽しまれていくものなんだな、と、学生さんたちの活動を見ていて、改めて感じました。

私もただ本当に楽しそうだから入ってみて。で、実際楽しいなと思って、今のところ活動に参加させてもらってます。

◉これからも続けていきたいみたいな感じですかね

そうですね、私自身はそう思っています。

あとがき

インタビューを通して、小さい頃にも盆踊りに関わっていた記憶が今に繋がっているということや、日常の中でサードプレイス的な役割を果たしているということが印象に残った。そんな中でも一貫して、ただ鉄扇踊りが好きで楽しいから続けているということをおっしゃっていた渡辺さん。地元の人に実際に楽しまれていてこそ文化であるということを忘れず、私たちもこれからの鉄扇踊りと関わっていきたいと思う。

文責:「街と人と音楽と」ゼミ

一乗寺鉄扇インタビュー