学内レコーディング

河合楽人(メディア表現学部)

12月11日、今日は一乗寺鉄扇のレコーディングをする日だ。朝が苦手な私も、この日だけは自然と早く起きてしまうほど気が引き締まっていた。学校に近づくにつれ低くなる気温に身を震わせながら、昔は京都ももっと雪が降っていたなぁと考えにふける。私が小学生の頃は、普段と違う街の風景や、霜柱を踏み折って音を出す瞬間にとても親しみを持っていたと思う。たった10年で実感できるほどの気候変動があるとは驚きだ。そういえば霜柱なんて久しく見てないな。雪の日にワクワクよりも寒さにフォーカスしてしまうのは、私が大人になったからかもしれない。

 今回使うMagiStudioは地下2階にあり、独特の重い空気があった。本来なら高級マイクなどの機材に心を踊らせて然る場面であるが、私はというと、除湿機の多さを見て、空中にも水分ってあるよなあと当たり前のことを思いながら準備を終えた。

 しばらくたって13時、音頭取りの方々が学校に到着した。暖かくなった日差しの中、他愛のない話をしながらスタジオまで歩く。この頃には学生も増え、大学自体が生きているように感じた。鉄扇音頭は口頭やテープで伝わってきた音頭である。スタジオでの録音は初めてのようで、施設を見て微笑む姿にどこか嬉しくなった。いよいよ歌がはじまる。

 「ひぃさぁかぁたぁ の〜…」、2年も関わらせていただいたからか、この歌い出しを聞くと、盆踊りがはじまったぞ…という気持ちになる。それにしても別室にいるはずなのにまるで目の前で歌っているかの様な存在感。十分なスペースがあれば思わず踊りだしていたかもしれない。一方エンジニア担当の友人は、一発撮りの音源を無駄にしないようにと緊張の面持ちで画面をながめていた。普段の鉄扇音頭では複数人で歌っておられるが、今回はソロでの録音である。ふと、これまで気づかなかった節回しや歌い方の癖が耳に入り、また新鮮な体験をしていると感じた。

 音頭取りの方々をお見送りした後、友人とも話をした。彼も声をほめており、私もなぜか自慢げであった。改めて盆踊りとは、アイデンティティの塊だなと感じる。この音頭、また京都に根付く文化がこれからも続いていくことを願うばかりである。

初めての鉄扇踊り練習会

森岡愛紗(メディア表現学部)

5月15日、私は鉄扇踊りの練習会に初めて参加するため、アルバイトを終えてバスで会場である薬師堂に向かった。夕方のこの時間は仕事や学校を終えた人で満員だ。海外からの観光客には運賃の支払い方法が難しいのか、バスはなかなか停留所から発車しない。私は、練習会に遅れてはいけないという焦る気持ちがありながら、観光客に向けられる周囲の視線を、その場の空気として身体で感じていた。この一瞬の出来事から、観光都市・京都としての地域的な問題と、時間通りに動くこととした生活リズムが、同じ公共の場でぶつかっていることが見えてくる。鉄扇踊りという伝統文化の一つの練習会に向かう私自身もまた、移動の速さや効率を重視する現代社会の流れの中で生活している一人なのだと感じた。

バス停から薬師堂まで歩く道は一乗寺の地に足を踏み入れたことへの嬉しさと、練習会に参加することへの緊張が入り混じっていた。山道の住宅街を進んでいくと、砂利が敷かれた大きな駐車場が現れ、その先には、歴史の気配を感じさせる地域の公民館のような建物が建っていた。

最初の1時間は、音頭取りの方と一緒に音頭を歌う練習をする。20時に近づくにつれ、踊り手である女性たちが次々と部屋に入ってくる。音頭の練習がひと段落すると、連絡事項の確認をして、いよいよ踊りの練習だ。初めての練習会参加で踊りについては昨年の先輩たちの動画を見たことがあるだけだった。具体的な説明はほとんどないまま練習が始まり、周りの保存会の方の踊りを見よう見まねで踊った。初めて間近で踊っているのを見て感じたことは全員が違う踊り方であることだ。踊り方は人によって少しずつ異なり、それぞれに個性が感じられた。私はその中で、どうにか動きについていこうと必死だった。約20分の踊りでは初めての参加への緊張と、「これであっているのか」と言う心配しか考えることができなかった。二度目に踊ったときには、動きが少しずつ身体になじみ、周囲を見ながら踊る余裕が生まれてきた。一人ひとりの踊り方を観察し、その間を取るような動きを意識しながら、自分なりの踊りを探っていく。大まかな動きしか決まっておらず、正解がないからこそ、説明なしでも始めることができる踊りだった。

始めての鉄扇音頭練習会

廣田征己(メディア表現学部)

大学でゼミに入り「鉄扇踊り」という見たことも聞いたこともないような踊りに始めて出会った。物価は日を追うごとに上がり続け、少し前の感覚で買い物をすると目を覆いたくなるような金額になってしまい大学生には辛い現状にある。

今までの人生で盆踊りに携わるような経験をしてこなかった。地元の祭りで江州音頭という盆踊りをしているのだが、自分は遠目で見るどころか興味すら持たないレベルだった。他にもエピソードを出したい所だがもうすっからかんになってしまった。練習会の場所は一乗寺にある薬師堂という場所。向かう最中なかなかに傾斜がある坂が多く、運動不足の私はエベレストにでも登っている気分になる。そうして同じゼミの仲間と談笑しながらなんとか着いた。中に入ると鉄扇踊りの保存会の方が待っていてくださり、お茶やいろいろなお菓子をくださる。とてもありがたい。

しばらくして踊り手の方たちが来る前に音頭取りの方たちが音頭の合わせをする。ここでこれを読んでいる人たちに質問です──盆踊りと聞いてどんな伴奏を想像しますか?──おそらくテンポの良い音頭とお囃子だと思います。私もそう思ってました。しかし、音頭取りの方たちは「ひぃさーかぁたぁーのー」とゆっくりとしたスピードで、太鼓も三味線もなく、歌のみで音頭をとり始めたのです。一緒にやろうとするけれど、独特なリズムと音程で口ずさみたくても出来ない。人間は自分の想像を超える場面に出くわすと感情が出て来るのではなく無になる。横を見てみると他のゼミの仲間も呆気に取られており、ここで私の今までの盆踊りの常識が崩れ去った。そうして音頭の合わせが終わり休憩の時間。保存会の方たちが私たちに一般的な盆踊りとは違うことや、この後に踊る踊りについて少し話しかけてくださった。

そして私は考えた。この音頭でどうやって踊るんだ?

この日記では踊りについては扱わないが、今までになかった刺激をもらいとても興味深かった。そして、これを読んでいる人はこう思ったでしょ。「こんなんじゃ分かんねーよ」と。そんな人は是非、鉄扇踊りについて調べてみて欲しい。