
12月下旬。朝から冷たい雨が降る中、一乗寺の喫茶店にて。
渡辺直子さんは保存会のメンバーの中でも若くまだ歴も浅い。地域の盆踊りというものの存在をどう捉えているのか、まだ小さいお子さんを持つ渡辺さんの生活の中で鉄扇踊りがどのような役割を果たしているのか。彼女の新しい視点からこれからの鉄扇への想いを語ってもらった。
鉄扇との出会い、学生時代の思い出
◉鉄扇の保存会はいつから参加されていますか?
私は新しいんです。まだまだ1年半くらいですかね。2年前の夏から練習に参加させてもらってるから。
◉元々一乗寺にはいましたか?
地元が岡山で大学入学で京都へ来たんですけど、その時に何年か下一乗寺に住んでいたことがあって。ただ、鉄扇は上一乗寺じゃないですか。上一乗寺については全然知らなくて、鉄扇のことももちろん知らなくて。白川通りを越えるともう修学院だと思ってて、上一乗寺っていう地域があることも知らなかったくらい。
◉そうなんですね。確かに上下(上一乗寺と下一乗寺)で雰囲気違う感じありますよね。
それで改めて一乗寺に引っ越してきたのが3年ちょっと前くらいですね。そこでたまたま子どもが児童館で鉄扇踊りを教えてもらって、納涼祭で踊るっていうのを知って。私も一緒に教えてほしくて、お願いしました。
◉元々盆踊りに興味はありましたか?
そうですね。私、学生の頃に専攻してたのが日本美術史で。江戸時代の美術が専門だったんです。だから割と庶民に根付いた文化というか、日本文化の中でもそういうものに興味がありました。あと学生の頃盆踊りが好きな友達がいたんです。盆踊りシーズンになるといろんなところの盆踊りに行ったりするくらい。そういうのに一緒に行ったりしてて、なんか楽しいなと思って。
◉では鉄扇踊りとの出会いはお子さんが習ってたことがきっかけなんですね。
そうですね。保存会の人たちが学童(修学院児童館)に教えに来てくれて小学校の数年間、年に一回だけでも実際に踊ってみるっていうのは、本当に大事だと思うんです。
私が小学4年生の頃、父の仕事の都合で転校していたことがあって。その転校先が岡山の高梁市っていうところなんですけど、城下町なんですね。だから盆踊りも昔からあって。今より断然ゆとりのある時代でしたし、授業の一環で夏になると地元の盆踊りを習ってたんですね。今はもう全然覚えてはないんですけど、盆踊りが楽しかったっていうのはなんとなく体に染みついて残っているというか。
そういうのを考えると、学童で年に一回でも教えてもらえるのって、記憶のどこかにずっと残っていくから本当に大事やなと思います。
◉そうですね。私たちも”子供の頃に習ったことのある踊り”くらいの認識で広まればいいなとは思っています。
一乗寺フェスもすごい楽しかったですもんね。盆踊りをしようと思って来た人じゃなく、たまたまフェスに来たっていう人もどんどんいつの間にか踊りの輪に入っていて、みんな本当に楽しそうに踊ってるなと思って。
◉あの盛り上がりは私たちもびっくりしました。笑



