食事、睡眠、鉄扇音頭

私は大阪在住の盆踊りが大好きな39歳です。2024年の6月末、岸野雄一さんがSNSで鉄扇音頭練習会の案内をされているのを見て、練習会とその後(7月)の納涼祭に参加しました。そのまま、夏が終わった後も練習会に定期的に参加するようになり、2026年の現在、保存会の末席に加えていただいています。

鉄扇音頭を初めて踊ったときに感じたのは、リズムや振り付けがモヤモヤとしてつかみどころのない踊りだなということと、だからこそ、飽きずに長時間、夜通しでも踊れてしまいそうだなという印象でした。何よりも、生唄の音頭と踊りが一体化していくような感覚が面白く、気づくと虜になっていました。

三味線やギターなどのメロディを演奏する楽器どころか、太鼓や鉦などリズム楽器もつかない生唄のみでの盆踊りは、私は鉄扇音頭が初めての体験でした。太鼓がないせいか、音頭の拍が節というか歌詞によってゆったりと伸び縮みします。その伸び縮みする音頭に呼吸を合わせて踊る。そう思っていたら、踊りのノリのほうに音頭がつられているのかな、と感じられるようなときもあって、音頭の節を注意深く聴きながら踊っているうちに無心になっていくのが心地よいです。まるで、踊り子も音頭取りも皆で一つの生き物になっているかのような不思議な感覚に包まれるのです。

唄の(音頭の)歌詞も好きです。「草づくし」はさまざまな草花の名前がひたすらに並べられます。「吾妻みやげ」は品川から京都まで旅するように、地名がずらずらと。1曲が30分以上あるので、「お、三保の松原か〜」「ようやく草津まできたぞ!」とぐるぐる踊りながら自分もまるで旅するように楽しめます。

また鉄扇音頭だけではなく、継承活動をされている保存会の雰囲気やあり方そのものが、かけがえのない地域の財産なのだと感じています。
私はもともと一乗寺出身でも、京都の人間でもありません。地域で継承されている鉄扇音頭に、自分のような余所者が参加してもいいんだろうか、と遠慮していましたが、保存会の皆さんが「もちろん!踊りが好きなら、踊りだけでも手伝って!」と笑顔で受け入れてくださったことに、本当に感謝しています。
それは、外部の人の参加をどんどん促して活動を広げていこう、ということではなく、「鉄扇音頭を後世に遺したい」ということが最優先だからこそ、地域の人だけ/生まれ育った人だけ、といった垣根を取り払って、できるだけ参加しやすく、皆が楽しく続けられるように心がけているということなのだと感じています。

練習会は、毎月2回(冬季はお休み)、夜の19時ごろから始まります。皆さんそれぞれ仕事や家の用事を終えて(合間を縫って)参加しています。もちろん、みんなで集まって踊るのがただただ楽しい、というのが参加する一番の理由ですが、「無理せず来れるときに来て。絶対行かなきゃと思ったらしんどくなってしまうからね」と声を掛け合っているのも、そういった楽しさを保つ秘訣だと感じます。背負いすぎないこと、義務のようにしないこと。おかげで私も、大阪で仕事を終えた後に京阪電車に飛び乗り、なんとか月に1回くらいは通うことができています。

伝統芸能を保存する、遺す、伝承する、ということはどういうことなのかと、たまに考えます。
ある芸能が「文化」になるには、一定の時間が必要でしょう。元の状態をがちっと固定して、変化しないように守り抜くというのも「保存」だと思いますが、移りゆく時代や人間の変化に合わせて、ゆるく変化しながら継いでいく、というのも文化の保存であり継承なんだと、改めて考えています。
私自身は、やはり地域の外から参加する以上は、ほかの地域の踊りやリズムの取り方の癖を混ぜずに、できるだけ今の保存会の踊りを忠実に習っていきたいと思っています。しかし今後も永く鉄扇音頭が伝承されるうちに、活動の方法も含めて、少しずつ変わっていく部分もあるのかもしれません。変化するのは、生きている証拠なんだと思います。

奈良絵里子(グラフィックデザイナー)