一乗寺鉄扇踊りの継承にあたって

精華大学の社会実践実習で、これまで2年間、非常勤講師として指導を行ってきました。その成果としてこのようなWeb siteが公開され、多くの人々に情報として共有されるのは大変喜ばしい事です。

私はこれまで、北は北海道から南は九州まで、数多くの盆踊りの企画運営に関わってきました。各地域に保存会があり、継承や運営に携わる方々がおられる場合はとても幸運ですが、小さな集落などではそうした人材も確保できず、また保存継承のための方法論も知られていないため、毎年、数多くの民俗文化が失われつつあるのが現状です。

そんな中で、このゼミでの活動が方法論として開示され、様々な地域の民俗文化の保存と継承につながっていけばと思います。今回は大学のゼミという形でしたが、地域ごとの義務教育課程においても、充分に応用は可能だと思われます。

指導教員の方々や地域の市民団体の皆さん、ぜひご一考ください。

さて、この一乗寺鉄扇踊りですが、音頭取りの方の生歌によって、輪になって踊るスタイルです。昨今の盆踊りは音源としてCDやレコード、カセットテープなどを使って再生されます。実際に踊りに参加して強く感じるのは、音頭取りのリズムと踊り手のリズムの間に、阿吽(あうん)の呼吸があり、リズムの伸縮が見られる事です。この事により、独自の一体感が生まれているともいえます。これは通常の音楽の記譜法では記録が難しく、アーカイブの困難さにも繋がっています。無理やり五線譜の上で小節線で区切ってしまっては、阿吽の呼吸が失われてしまいます。

西洋音楽においては、例えば「グレゴリオ聖歌」などは小節線がありませんでした。石造りの教会は残響音が深く、空間をハーモニーが満たしたところで次の音に移る、という阿吽の呼吸があります。やがてこうした教会音楽にも小節線が用いられて広く頒布するところとなります。

西洋音楽の進化の過程で、教会音楽からより大衆的なゴスペル・ミュージックへという過程がありました。そこからだいぶ端折った言い方になってしまいますが、ファンク、ヒップホップと進化を遂げたのはご存知の通りです。

鉄扇踊りもまた、比叡山の鉄扇というお坊さんが世に広めた踊りです。盆踊りの原初は室町時代にまで遡り、当初は念仏踊りと呼ばれる宗教色の強いものでした。それが鉄扇踊りになると、紀行、風物などを歌詞に織り込んだ風流踊りといった大衆的なものに変わっていきます。これはつまり、教会音楽からゴスペル・ミュージックに変わっていったような変遷と共通するものがあります。

私の住んでいる東京では、佃島の念仏踊りが、同様に生歌の音頭と輪踊りの形を採っており、東京都の無形民俗文化財に指定されています。国内の盆踊りが、音源再生型の定型フォーマットに落とし込まれる中、生歌による盆踊りは貴重な存在です。今後も学生たちと一緒に鉄扇踊りの保存と継承取り組みに尽力していきたいと思います。

岸野雄一(指導教員・非常勤講師)

食事、睡眠、鉄扇音頭

私は大阪在住の盆踊りが大好きな39歳です。2024年の6月末、岸野雄一さんがSNSで鉄扇音頭練習会の案内をされているのを見て、練習会とその後(7月)の納涼祭に参加しました。そのまま、夏が終わった後も練習会に定期的に参加するようになり、2026年の現在、保存会の末席に加えていただいています。

鉄扇音頭を初めて踊ったときに感じたのは、リズムや振り付けがモヤモヤとしてつかみどころのない踊りだなということと、だからこそ、飽きずに長時間、夜通しでも踊れてしまいそうだなという印象でした。何よりも、生唄の音頭と踊りが一体化していくような感覚が面白く、気づくと虜になっていました。

三味線やギターなどのメロディを演奏する楽器どころか、太鼓や鉦などリズム楽器もつかない生唄のみでの盆踊りは、私は鉄扇音頭が初めての体験でした。太鼓がないせいか、音頭の拍が節というか歌詞によってゆったりと伸び縮みします。その伸び縮みする音頭に呼吸を合わせて踊る。そう思っていたら、踊りのノリのほうに音頭がつられているのかな、と感じられるようなときもあって、音頭の節を注意深く聴きながら踊っているうちに無心になっていくのが心地よいです。まるで、踊り子も音頭取りも皆で一つの生き物になっているかのような不思議な感覚に包まれるのです。

唄の(音頭の)歌詞も好きです。「草づくし」はさまざまな草花の名前がひたすらに並べられます。「吾妻みやげ」は品川から京都まで旅するように、地名がずらずらと。1曲が30分以上あるので、「お、三保の松原か〜」「ようやく草津まできたぞ!」とぐるぐる踊りながら自分もまるで旅するように楽しめます。

また鉄扇音頭だけではなく、継承活動をされている保存会の雰囲気やあり方そのものが、かけがえのない地域の財産なのだと感じています。
私はもともと一乗寺出身でも、京都の人間でもありません。地域で継承されている鉄扇音頭に、自分のような余所者が参加してもいいんだろうか、と遠慮していましたが、保存会の皆さんが「もちろん!踊りが好きなら、踊りだけでも手伝って!」と笑顔で受け入れてくださったことに、本当に感謝しています。
それは、外部の人の参加をどんどん促して活動を広げていこう、ということではなく、「鉄扇音頭を後世に遺したい」ということが最優先だからこそ、地域の人だけ/生まれ育った人だけ、といった垣根を取り払って、できるだけ参加しやすく、皆が楽しく続けられるように心がけているということなのだと感じています。

練習会は、毎月2回(冬季はお休み)、夜の19時ごろから始まります。皆さんそれぞれ仕事や家の用事を終えて(合間を縫って)参加しています。もちろん、みんなで集まって踊るのがただただ楽しい、というのが参加する一番の理由ですが、「無理せず来れるときに来て。絶対行かなきゃと思ったらしんどくなってしまうからね」と声を掛け合っているのも、そういった楽しさを保つ秘訣だと感じます。背負いすぎないこと、義務のようにしないこと。おかげで私も、大阪で仕事を終えた後に京阪電車に飛び乗り、なんとか月に1回くらいは通うことができています。

伝統芸能を保存する、遺す、伝承する、ということはどういうことなのかと、たまに考えます。
ある芸能が「文化」になるには、一定の時間が必要でしょう。元の状態をがちっと固定して、変化しないように守り抜くというのも「保存」だと思いますが、移りゆく時代や人間の変化に合わせて、ゆるく変化しながら継いでいく、というのも文化の保存であり継承なんだと、改めて考えています。
私自身は、やはり地域の外から参加する以上は、ほかの地域の踊りやリズムの取り方の癖を混ぜずに、できるだけ今の保存会の踊りを忠実に習っていきたいと思っています。しかし今後も永く鉄扇音頭が伝承されるうちに、活動の方法も含めて、少しずつ変わっていく部分もあるのかもしれません。変化するのは、生きている証拠なんだと思います。

奈良絵里子(グラフィックデザイナー)

1ヶ月ぶっ続けで炭坑節を(ひとりで)踊った話

誰のために?

「一乗寺フェス」で30分メガヒッツ盆踊り(以下「メガ盆」)をすることになった。30分ノンストップのミックスを誰かが作らなければならない。もう8月も終わりで、本番まで一ヶ月もないので、行きがかり上わたしがやることになった。ちょうど学生たちにアクターネットワーク理論(ANT)という理屈を教えているところでもあるので、ANT風にまとめてみる(が、そんなことに興味がない方でも普通に読めると思う)。なお、当初800字でまとめる予定だったものが、ほぼ5000字に膨張してしまっている。そこは何卒お許しいただきたい。

8月20日(水)。最初のメガ盆ミックスが出来上がる。数日前に学生たちにお気に入りの曲を教えてもらい、それらを中心に組み立てた。このときは盆踊り用のミックスなんてお茶の子さいさいと高をくくっていたが、それが大間違いだと気がつくのにそれほど時間はかからなかった。太鼓を叩く予定の学生がお気に入りとして紹介してくれた3つの曲のサビ前の展開がぜんぶ一緒だったのでそれを使って遊ぶ。ちょうど、シックの「グッドタイムス」とクイーンの「アナザーワン・バイト・ザ・ダスト」をつなげるような感じ。

8月23日(土)深夜。学生たちのお気に入りの曲を軸にいろいろ試行錯誤するうちに、主人公が久しぶりに故郷に戻り、夏祭りの花火を見上げながら地元に置いてきた大切なものと再会する歌をミックスの真ん中に配置しようと思い立つ(一乗寺フェスもこれからそんな機会を生み出せればいい、とちょっとメッセージを込めた)。この曲のリリースは00年代だが、メガ盆は世代や性別を超えて誰もが踊りの輪に入れることを至上のミッションとするわけで、そこにもっと新しいJ-POPヒット曲や、昭和の歌謡スターや平成のアイドル、60年代のアメリカのソウルやファンク、リバプールの4人組などを混ぜて一気に30分のミックスを作り上げる。最近はソフトウェアがBPMを自動で合わせてくれるので繋げるのは楽勝だ。その過程で、太鼓打ちの学生のお気に入り曲のサビ前展開で遊ぶというネタに対する独りよがりのこだわりは溶解していく。オレと学生の内輪受けを追求している場合ではない。オレは一乗寺の住民全員をハッピーにせんとあかんのや(深夜テンション(の割に冷静!)!)!