過去と現在、保存と継承

2025年11月26日、私たちは鉄扇踊りの練習の場でもある一乗寺薬師堂で、保存会の会長・渡辺博さんと副会長・岡本和男さんにインタビューを行った。鉄扇踊りを支える重要なポジションのおふたりが文化の「保存」と「継承」に対してどのようなことを考えているのか、昔と今の時代背景と共に聞いていこうと思う。

鉄扇踊りを始めたきっかけ

◉渡辺さんが鉄扇踊りの保存会に入ったのはいつごろですか?

渡辺:平成12年[2000年]やから今から何年なのかな。

◉長いですね! 平成12年ってことは25年くらい前ですね。入る段階では、鉄扇について知ってたんですか?

渡辺:名前も踊りもだいたい知ってました。音頭は子どもの時から自分がやっていて見たことあります。

岡本:その時の保存会にいた女性の方は何人ぐらい?

渡辺:そうやな〜 結構多かったで。もうそれこそ、地元の人ばっかりやったけど。

岡本:20人ぐらいいた?

渡辺:うん、それぐらいいたやろうな。その時はまだ中川さん(中川節子、副会長)は若手やった。中川さんはその前から入ってはった。踊りの方でな。

◉そうですね。改めて中川さんにもインタビューをして掲載する予定です。

渡辺:思い出話というと、一乗寺郷土芸能保存会が、京都市無形文化財の指定になったのは、昭和62年[1987年]か?(と言って岡本さんに訊く)

岡本:そのぐらいやった。資料をみたらわかると思うけど1。保存会ができたのは、同じ頃やね。今言ってた京都会館でやったっていうのが昭和62年の2月22日って書いてあるね。

京都市文化観光資源保護財団主催の『第17回郷土芸能のつどい』(1987年2月22日)の様子〜30分11秒あたりから一乗寺鉄扇


渡辺:その時はまだ景気が良かったから、京都市主催の色々な催しがあったんや。京都会館でやったりとか、平安神宮の前の通路でやったりとか、御池通をパレードしたりとか。

◉そこで鉄扇踊りをされたんですか?

渡辺:そうそうそう。それと他には造形芸大[現、京都芸術大学]に立派な舞台があるやろ?「こけら落とし」[新築や改築した劇場などで初めて行われる催しのこと]の時に呼ばれて鉄扇踊りをしに行ったりしたな。

◉そうなんですね。今のように、町のみんなで踊るような感じでしたか?

渡辺:いやいや、踊りは保存会の人たちだけや。

◉それを町の皆さんが見てた感じなんですね。

渡辺:そうそう。春秋座っていう劇場やった。立派な舞台や。

◉他にそういった思い出はありますか?

渡辺:京都で国体[1988年開催 第43回国民体育大会]があった時も出たね。その時に我々が知ったのは、福井県の熊川宿にも鉄扇踊りがある2ということを知ったわけ。その時の師匠が河村さんっていう人やったんやけどね。その人に連れてもらって熊川へ行ったんや。村祭りみたいなのがあった時に、毎年のように3年ぐらい続けて呼んでもらったかな。そのような交流がある。このあいだの8月31日に八大神社であった八朔祭にも熊川宿から来てはったやろ。

◉来られてましたね。今でも関係が続いてるんですね。

渡辺:そう。続いてる。向こうは後継者がいないかなんかで、もうあんまりやってないみたいやけどね。こっちもしばらくそんなんで行ってないね。向こうからは来てもらってるけど、こっちから行ったのは5、6年ほど前かな。そのような交流は今でもあります。

◉ちなみに岡本さんは鉄扇踊りとどういう出会い方をされたんですか?

岡本:僕の両親が鉄扇踊りをやってた。

◉そうなんですね!

岡本:僕は一乗寺の生まれだけども、前は仕事で東京の方に居たんで40年ぐらいは地元を離れてたかな。そこから定年になって一乗寺に戻ってきて、すぐにというわけではなく親の介護をして両親を看取ってからですね。だから、僕はまだ歴が浅くてまだ本当に5年も経ってないかな。

◉そうなんですか!? 保存会内の資料を作ったりされていたので、古株なのかと思っていました。

岡本:そうですね。保存会では事務的なことをしています。 家に父が残した資料があったりするからね。古いテープも父が残してたもので、当時の資料があったりするので。

◉岡本さんは5年前ということは、大体コロナぐらいのタイミングで?

岡本:コロナ後から僕が入りだしてね。音頭は直接聞いてないと歌えないわけよ。そうすると残ってる人が少なくなって、せっかく父がやっていたのに、ここでちゃんと繋がないと途切れると思ったのがきっかけかな。

普段の​生活と鉄扇の関係

◉鉄扇踊りに関わるようになって、みなさんの生活の中に鉄扇踊りがどう入り込んでいっているのか気になります。

渡辺:それは全然考えてなかったな。すんなり入って普通にやっている感じで、特別扱いもなにもしてない。

◉そうなんですね。日課的な感じですか?

渡辺:そうやね。今みたいに定期的に練習なんてしてないしね。お互いに会ったら一回やろうかみたいな感じで、月に一回とかそれぐらい。

◉生活してて、知らないあいだに口ずさんでいるみたいなとこってありますか?

渡辺:いやぁそれはないね(笑)。ないけど毎年納涼祭とかにはちょっと前もって練習したりはしてた。

◉練習会以外でですか?

渡辺:そうそう、集まってね。

◉そうなんですね。

岡本:もう亡くなられた方だけど、その方の話を聞いた時は散歩しながら音頭を口ずさんでたみたい。自分たちは全然覚えてなくて歌集を見ちゃうんだけど、前の世代の人は鉄扇踊りが生活に密接していたと思うよ。昔は、娯楽がそんなにないから、踊りのそういう場で男女が知り会ったりとかしていたのではないかな。

  1. 鉄扇踊りが、京都市登録無形民俗文化財に登録されたのは、昭和61年6月2日です
  2. 熊川宿や京都と若狭をつなぐ「若狭街道(「鯖街道」のひとつ)」に面した、江戸時代から残る宿場町です